祇園祭 山鉾巡行に行ってきました!
まずは長刀鉾。
お稚児さんが本当にお人形のようでした。
その後郭巨山、太子山と続き、全部で32基の山鉾(さきの巡行の鉾9基、山14基、あとの巡行の鉾1基、山9基)が巡行したようです。
しかし我々はあまりの暑さにあとの巡行の途中で離脱してしまいました。
一番面白かったのは蟷螂山でした。
まさか動くなんて!とにかくすごい人の多さでした。
まずは長刀鉾。
お稚児さんが本当にお人形のようでした。
その後郭巨山、太子山と続き、全部で32基の山鉾(さきの巡行の鉾9基、山14基、あとの巡行の鉾1基、山9基)が巡行したようです。
しかし我々はあまりの暑さにあとの巡行の途中で離脱してしまいました。
一番面白かったのは蟷螂山でした。
まさか動くなんて!とにかくすごい人の多さでした。
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先日の縣祭りの3日後、今度は縣神社の大幣神事を見に行ってきました。
このお祭りは中世にまでさかのぼる厄払いのお祭りだそうです。

大幣殿で祝詞中。

9時半頃に、いざ出発~!


行列の横を普通に車やトラックが通り過ぎていきます。
ちょっとシュールな光景。

宇治橋周辺には凄い人の山!
その後一行は町をめぐって厄を集めに行きます。
11時50分くらいに、再び宇治橋へと一行が戻ってきました。


ものすごい勢いで大幣を引っ張っていきます。

ご幣を外して、見学していた人たちに配ってくれました。
玄関に飾ると厄除けになるそうです。

騎馬神人が見守る中、大幣が宇治川に勢いよく投げいれられました。

あっという間に流れて見えなくなってしまいました。

ちょうどお昼時だったので茶蕎麦を頂いてかえりました~。
このお祭りは中世にまでさかのぼる厄払いのお祭りだそうです。
大幣殿で祝詞中。
9時半頃に、いざ出発~!
行列の横を普通に車やトラックが通り過ぎていきます。
ちょっとシュールな光景。
宇治橋周辺には凄い人の山!
その後一行は町をめぐって厄を集めに行きます。
11時50分くらいに、再び宇治橋へと一行が戻ってきました。
ものすごい勢いで大幣を引っ張っていきます。
ご幣を外して、見学していた人たちに配ってくれました。
玄関に飾ると厄除けになるそうです。
騎馬神人が見守る中、大幣が宇治川に勢いよく投げいれられました。
あっという間に流れて見えなくなってしまいました。
ちょうどお昼時だったので茶蕎麦を頂いてかえりました~。
あがた祭に行ってきました~!
以前縣神社に行った時、看板に毎年6月5日から6日にかけて、
「暗闇の奇祭」といわれる「県(あがた)祭」が行われていると書いてあって、
「暗闇の奇祭」という響きに是非行ってみたいと思っていました。
でも当日一緒に行く人たちと話をしてみると、
どうやら祭りは2カ所で行われている模様・・・。
あれ?と思いながらもとりあえず縣神社を目指しました。
家に帰ってから調べてみたら、何やら縣神社と奉賛会が対立していたそうです。
以下は関連記事↓↓
5日「闇夜の奇祭」 宇治・県祭、分裂開催10年目
闇夜裂く「ぶん回し」 宇治で県祭・梵天渡御
参道には沢山の出店が出ていて凄い人でした。
なんと約10万人来ていたそうです。

縣神社の境内では奉納舞が行われていました。

梵天様の姿も。
奉納舞が終わり、しばらくすると境内からどんどん人がいなくなってきました。
地元の方にお話を聞くと、宇治神社の方が早く儀式が行われるとのこと。
そこで宇治神社に行くことにしました。
この時点では、梵天様が二つあるという謎になんでだろう?と不思議に思っていました。
そして暗闇というにはまだ全然明るいな~と。
宇治神社に着いたら目を疑う衝撃的なお神輿が。

人がくくりつけられた(?)お神輿ががんがん前後左右に振られます。
その上激しく振り回されます。
ええええ~!?
恐い、乗っている人危なくないの!?お神輿壊れないの!?と
ものすごい迫力にびっくりしました。
お祭りでここまでびっくりしたのは初めてだと思います。
さらに梵天様。

なんとこちらも人がいます。
その上片手は水平に伸ばしています。
こちらもがんがん「ぶん回し」されて、
なぜ人がいるの?とびっくりしながらハラハラドキドキしながら見ていました。
見ていて「凄い・・・」としか言葉が出てきませんでした。
奇祭ってこういうことかと。
なんで人が?とか、どうしてあんなにがんがんお神輿回すの?
という疑問が湧いてきましたが、未だになぜか分からないままです。
以前縣神社に行った時、看板に毎年6月5日から6日にかけて、
「暗闇の奇祭」といわれる「県(あがた)祭」が行われていると書いてあって、
「暗闇の奇祭」という響きに是非行ってみたいと思っていました。
でも当日一緒に行く人たちと話をしてみると、
どうやら祭りは2カ所で行われている模様・・・。
あれ?と思いながらもとりあえず縣神社を目指しました。
家に帰ってから調べてみたら、何やら縣神社と奉賛会が対立していたそうです。
以下は関連記事↓↓
5日「闇夜の奇祭」 宇治・県祭、分裂開催10年目
闇夜裂く「ぶん回し」 宇治で県祭・梵天渡御
参道には沢山の出店が出ていて凄い人でした。
なんと約10万人来ていたそうです。
縣神社の境内では奉納舞が行われていました。
梵天様の姿も。
奉納舞が終わり、しばらくすると境内からどんどん人がいなくなってきました。
地元の方にお話を聞くと、宇治神社の方が早く儀式が行われるとのこと。
そこで宇治神社に行くことにしました。
この時点では、梵天様が二つあるという謎になんでだろう?と不思議に思っていました。
そして暗闇というにはまだ全然明るいな~と。
宇治神社に着いたら目を疑う衝撃的なお神輿が。
人がくくりつけられた(?)お神輿ががんがん前後左右に振られます。
その上激しく振り回されます。
ええええ~!?
恐い、乗っている人危なくないの!?お神輿壊れないの!?と
ものすごい迫力にびっくりしました。
お祭りでここまでびっくりしたのは初めてだと思います。
さらに梵天様。
なんとこちらも人がいます。
その上片手は水平に伸ばしています。
こちらもがんがん「ぶん回し」されて、
なぜ人がいるの?とびっくりしながらハラハラドキドキしながら見ていました。
見ていて「凄い・・・」としか言葉が出てきませんでした。
奇祭ってこういうことかと。
なんで人が?とか、どうしてあんなにがんがんお神輿回すの?
という疑問が湧いてきましたが、未だになぜか分からないままです。
藤森神社で行われている駈馬神事を見に行ってきました~。

こちらで行われている駈馬行事は、この藤森神社のご祭神である早良親王が、
天応元年陸奥の反乱に対して征東将軍の勅を受け、藤森神社に祈誓出陣された際の
様子を象ったものだそうです。
室町時代には衛門府出仕の武官によって5月5日の深草祭(藤森祭)に奉納され、
江戸時代には伏見奉行所の衛士警固の武士や、各藩の馬術指南役が数種の技を競い合ったそうです。
明治からは藤森神社の氏子に引き継がれて毎年5月5日に駈馬が行われているそうです。

屋台もたくさん出店されて賑わっていました。

駈馬は午後1時と午後3時にあるのですが、1時前に到着した時には凄い人の数でした。

鳥居側から見学しましたが、どうやらスタート地点は鳥居側のようです。

鳥居側から本殿に向かって駈け抜けていきます。
正直よく見えなかったので、3時の回も見ることに決めました。

1時の駈馬が終わったところで本殿にもお参りしました。
こちらも凄い人でした。
そしていよいよ3時!今度は最前列をGET~!

よく見えます。

目の前を駈け抜けていくのですが、あっという間に駈け去っていきます。
迫力も凄い!

矢払い・・・敵矢を打ち払いながら駈ける技

藤下がり・・・敵矢に当たったと見せて駈ける技

一字書き・・・前線より後方へ情報を送って駈ける技
他にも手綱潜り、逆立ち、などなどありましたが、どの技も凄かったです。
そして朝に神社を出発していた鼓笛隊と武者行列が戻ってきました。

鼓笛隊も袴姿で凛々しい~。


武者行列。

七福神。

朝9時に出発したそうなので、相当大変だったと思います。
ところで伏見名水スタンプラリーというものに挑戦しまして、
その名水1ヶ所目がこの藤森神社の『不二の水』でした。
帰り道、2ヶ所目の清和荘にもお邪魔しました。

『清和の井』

そして清和荘の前でこんな石碑を発見。

近藤さんこんな場所で遭難したの?この辺昔山だったの?と思いましたが違いました。
碑文をとっても簡単に要約すると、
「この墨染界隈は街道の宿場町の拠点があった。近藤勇は墨染通り付近で狙撃され肩に重傷を負い、治療の為大阪に行った。その為鳥羽伏見の戦いには参戦できなかった」と書いてありました。
つまり道に迷ったのではなくて「災難に遭った」場所でした。
あぶない、誤解するところでした(^^;)
こちらで行われている駈馬行事は、この藤森神社のご祭神である早良親王が、
天応元年陸奥の反乱に対して征東将軍の勅を受け、藤森神社に祈誓出陣された際の
様子を象ったものだそうです。
室町時代には衛門府出仕の武官によって5月5日の深草祭(藤森祭)に奉納され、
江戸時代には伏見奉行所の衛士警固の武士や、各藩の馬術指南役が数種の技を競い合ったそうです。
明治からは藤森神社の氏子に引き継がれて毎年5月5日に駈馬が行われているそうです。
屋台もたくさん出店されて賑わっていました。
駈馬は午後1時と午後3時にあるのですが、1時前に到着した時には凄い人の数でした。
鳥居側から見学しましたが、どうやらスタート地点は鳥居側のようです。
鳥居側から本殿に向かって駈け抜けていきます。
正直よく見えなかったので、3時の回も見ることに決めました。
1時の駈馬が終わったところで本殿にもお参りしました。
こちらも凄い人でした。
そしていよいよ3時!今度は最前列をGET~!
よく見えます。
目の前を駈け抜けていくのですが、あっという間に駈け去っていきます。
迫力も凄い!
矢払い・・・敵矢を打ち払いながら駈ける技
藤下がり・・・敵矢に当たったと見せて駈ける技
一字書き・・・前線より後方へ情報を送って駈ける技
他にも手綱潜り、逆立ち、などなどありましたが、どの技も凄かったです。
そして朝に神社を出発していた鼓笛隊と武者行列が戻ってきました。
鼓笛隊も袴姿で凛々しい~。
武者行列。
七福神。
朝9時に出発したそうなので、相当大変だったと思います。
ところで伏見名水スタンプラリーというものに挑戦しまして、
その名水1ヶ所目がこの藤森神社の『不二の水』でした。
帰り道、2ヶ所目の清和荘にもお邪魔しました。
『清和の井』
そして清和荘の前でこんな石碑を発見。
近藤さんこんな場所で遭難したの?この辺昔山だったの?と思いましたが違いました。
碑文をとっても簡単に要約すると、
「この墨染界隈は街道の宿場町の拠点があった。近藤勇は墨染通り付近で狙撃され肩に重傷を負い、治療の為大阪に行った。その為鳥羽伏見の戦いには参戦できなかった」と書いてありました。
つまり道に迷ったのではなくて「災難に遭った」場所でした。
あぶない、誤解するところでした(^^;)
GW前半最後の日は、滋賀県のしがらき駅前陶器市に行ってきました~。
現地へのアクセスには信楽高原鐵道を利用しました。

なぜなら、11:24貴生川発、⇒11:48信楽着の信楽高原鐵道の利用者から、
抽選で毎日10名に信楽宝狸をプレゼント、と知ったからです♪
(お祭りは4/27~5/6まで)

電車に狸の絵が描いてあって可愛い(・w・)
人は少ないかな~と思っていましたが、二両の電車はぎゅうぎゅうに人がいました。

信楽に到着~!

駅前には沢山の狸が。
この愛らしい狸たち、この姿かたちで「八相縁起」という縁起を表しているそうです。
笠・・・思いがけない災難を避けるため、普段から準備
笑顔・・・お互いに愛想よく
大きな目・・・周囲を見渡し、気を配り、正しい判断ができるように
大きなお腹・・・冷静さと大胆さを持ち合わせよう
徳利・・・人徳を身につけよう
通い帳・・・信用が第一です
金袋・・・金運
太いしっぽ・・・何事もしっかりした終わりを

駅舎を出ると大きな狸がお出迎えしてくれました。
そもそも信楽は、「日本六古窯(にほんろくこよう)」と呼ばれる
鎌倉時代以前から続く窯の中でも、最古のものの一つとされているそうです。
(六古窯とは他に備前、 丹波、越前、瀬戸、常滑だそうです)
いざお祭りへ!

人がいっぱいで賑わっています♪

会場にも沢山の狸が!

他の焼き物もたくさんあります。

でもやっぱり狸が気になる・・・。

こんな狸初めて見たw

忍者狸。可愛い~。

珍しく精悍な顔立ちのたぬ・・・猫!?

お花と狸。なんだか和やかですね~。
お祭りなのでいろんな出店が出ていました。
でもなかでも気になるシイタケメニュー。
どうやら信楽ではシイタケが名産らしいのです。

カツの代わりにシイタケが揚げられていました。ヘルシー?なのかな。

こんなとこにも狸が・・・! たぬきピザっていったい?

たぬきピザとは大~きなシイタケに、ピザの具を乗っけて焼いたものでした。
このシイタケが本当に大きくて、手のひらをいっぱいに広げたくらいの大きさがありました。
そして肉厚なシイタケがジューシーでとっても美味しかったです。
お腹も膨れた頃に気になるのは抽選の行方です。

電車を降りるときにもらった抽選券。
どきどきしながら発表を見に行きました。

なんと、見事当選!
これは昨日行った上賀茂神社のお祓いが良かったのか、それとも願い石パワーでしょうか。
とにかく嬉しい~♪
というわけで、いただきました宝狸。福狸?

大きさをリンゴと比べるとこんな感じです。

つぶらな瞳がとっても愛らしい~。
ただいま我が家の玄関にいます(*^^*)
そういえば、信楽焼といえば「狸」といったイメージが自然にありましたが、
いつその「狸」のイメージが付いたのかを知りました。
なんと昭和26年の昭和天皇の行幸のときに、
信楽は狸に小旗を持たせて昭和天皇をお迎えしたそうです。
このときのことを昭和天皇が歌に御詠みになり、
信楽狸の名前が知られるようになったそうです。
意外と狸の歴史は新しいことに驚きました~。
現地へのアクセスには信楽高原鐵道を利用しました。
なぜなら、11:24貴生川発、⇒11:48信楽着の信楽高原鐵道の利用者から、
抽選で毎日10名に信楽宝狸をプレゼント、と知ったからです♪
(お祭りは4/27~5/6まで)
電車に狸の絵が描いてあって可愛い(・w・)
人は少ないかな~と思っていましたが、二両の電車はぎゅうぎゅうに人がいました。
信楽に到着~!
駅前には沢山の狸が。
この愛らしい狸たち、この姿かたちで「八相縁起」という縁起を表しているそうです。
笠・・・思いがけない災難を避けるため、普段から準備
笑顔・・・お互いに愛想よく
大きな目・・・周囲を見渡し、気を配り、正しい判断ができるように
大きなお腹・・・冷静さと大胆さを持ち合わせよう
徳利・・・人徳を身につけよう
通い帳・・・信用が第一です
金袋・・・金運
太いしっぽ・・・何事もしっかりした終わりを
駅舎を出ると大きな狸がお出迎えしてくれました。
そもそも信楽は、「日本六古窯(にほんろくこよう)」と呼ばれる
鎌倉時代以前から続く窯の中でも、最古のものの一つとされているそうです。
(六古窯とは他に備前、 丹波、越前、瀬戸、常滑だそうです)
いざお祭りへ!
人がいっぱいで賑わっています♪
会場にも沢山の狸が!
他の焼き物もたくさんあります。
でもやっぱり狸が気になる・・・。
こんな狸初めて見たw
忍者狸。可愛い~。
珍しく精悍な顔立ちのたぬ・・・猫!?
お花と狸。なんだか和やかですね~。
お祭りなのでいろんな出店が出ていました。
でもなかでも気になるシイタケメニュー。
どうやら信楽ではシイタケが名産らしいのです。
カツの代わりにシイタケが揚げられていました。ヘルシー?なのかな。
こんなとこにも狸が・・・! たぬきピザっていったい?
たぬきピザとは大~きなシイタケに、ピザの具を乗っけて焼いたものでした。
このシイタケが本当に大きくて、手のひらをいっぱいに広げたくらいの大きさがありました。
そして肉厚なシイタケがジューシーでとっても美味しかったです。
お腹も膨れた頃に気になるのは抽選の行方です。
電車を降りるときにもらった抽選券。
どきどきしながら発表を見に行きました。
なんと、見事当選!
これは昨日行った上賀茂神社のお祓いが良かったのか、それとも願い石パワーでしょうか。
とにかく嬉しい~♪
というわけで、いただきました宝狸。福狸?
大きさをリンゴと比べるとこんな感じです。
つぶらな瞳がとっても愛らしい~。
ただいま我が家の玄関にいます(*^^*)
そういえば、信楽焼といえば「狸」といったイメージが自然にありましたが、
いつその「狸」のイメージが付いたのかを知りました。
なんと昭和26年の昭和天皇の行幸のときに、
信楽は狸に小旗を持たせて昭和天皇をお迎えしたそうです。
このときのことを昭和天皇が歌に御詠みになり、
信楽狸の名前が知られるようになったそうです。
意外と狸の歴史は新しいことに驚きました~。